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東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)148号 判決

原告 正木こと 崔大然

被告 法務大臣

訴訟代理人 和田英一 ほか三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立て

(原告)

「原告の昭和四一年四月二七日付の協定永住許可申請に対し被告が昭和四四年四月一八日付をもつてした不許可処分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める。

(被告)

主文同旨の判決を求める。

第二原告の請求原因

一  原告は、昭和一八年九月以来日本に居住する韓国人であるが、昭和四一年四月二七日「日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定の実施に伴う出入国管理特別法」(以下たんに特別法という。)に基づき、被告に対し永住許可の申請をしたところ、被告は、原告が「一九四五年(昭和二〇年)八月一五日以前から申請の時まで引き続き日本国に居住している者」(特別法一条、右協定一条1(a)に該当しないとの理由により、昭和四四年四月一八日付をもつて右申請を不許可とする処分をした。

二  しかし、原告は右特別法および協定の定める永住許可の要件をみたしているものであるから、右不許可処分の取消しを求める。

第三被告の答弁および主張

一  請求原因一項の事実は認めるが、同二項は争う。

二  被告が原告を「一九四五年(昭和二〇年)八月一五日以前から申請の時まで引き続き日本国に居住している者」に該当しないと認定した理由は、次のとおりである。

出入国管理令六条および二五条は、外国人乗員の出入国につき一般外国人のそれと異なる取扱いを定めているが、日本に在留する外国人が出国するにあたつては、たとえ乗員としての身分を有するものであつても、同令二六条に規定する再入国の許可を受けていないかぎり、その出国後は当然に日本に在留しないものと認められ、したがつて、右出国により前記特別法および協定に定める「引き続き居住している」という要件を欠くこととなる。しかし、終戦前から引き続き日本に在留し平和条約発効前朝鮮戸籍に登載されていた者は、同条約発効と同時に一律に日本国籍を喪失させられたところから、このような者が日本船員法に基づき発給された船員手帳を所持し日本船舶の乗員として出入国する場合には、有効な船員手帳を所持し、乗船する船舶について雇入契約の公認(船員法三七条、三八条)を受け、かつ、雇用契約により当該船舶の運航業務に従事する者で、同一航海、同一日本船で往復するときにかぎり、再入国許可を必要とせず、しかも、事実上の取扱いとして出入国管理令に定める外国人の出入国としては取り扱わないこととしている。そして、この特例措置は、協定永住許可を申請した者がその資格を有するかどうかを審査するにあたつても適用されるものであり、右特例の該当者については「引き続き日本に居住している者」として取り扱つているのである。

ところが、原告は、昭和三七年九月三日九州海運局福岡支局において畠中国男の所有する日本船「栄進丸」(総トン数一一・二〇トン、三五馬力)の甲板員として雇入契約の公認を受けたのにかかわらず、同船に乗船することなく雇入契約の公認を受けていない「大周丸」(総トン数一三・四五トン、五〇馬力)という船舶を右畠中が買い入れてほしいままに栄進丸と改めたものに乗船して、同年九月一二日佐賀県唐津港を出港し、韓国馬出港に赴いた後、昭和三八年三月一二日同船で長崎県厳原港に入港し、翌一三日上陸したものであつて、右出国にあたり再入国の許可を受けていないことはもとより、雇入契約の公認を受けない船舶に乗船して出入国したものであるから、前記特別措置の適用を受けることはできず、したがつて、「引き続き日本に居住している者」として取り扱う余地はまつたくない。

そこで、被告は原告の本件永住許可申請を不許可としたものであつて、この処分に違法はない。

第四被告の主張に対する原告の認否

被告の主張する本件不許可処分の理由のうち、在日韓国人乗員の出入国につき被告主張のような特例措置が行なわれていること、原告が畠中国男所有の「栄進丸」について雇入契約の公認を受け、昭和三七年九月一二日右畠中所有の船舶に乗船して唐津港から韓国馬山港に赴き、昭和三八年三月一二日厳原港に入港し、翌一三日上陸したことは認めるが、その余は争う。

原告は、同人の乗船した船舶が実際には「大周丸」であることを知らなかつたものであり、かりにこれを知つたとしても乗船を拒否できないような事情があつたのであるから、原告の乗船した船舶について雇入契約の公認を受けていなかつたとの一事により協定永住許可を認めないのは不当である。

第五証拠〈省略〉

理由

一  請求原因一項の事実は当事者間に争いがなく、争点は、原告が前記特別法一条および協定一条1(a)に定める「一九四五年(昭和二〇年)八月一五日以前から申請の時まで引き続き日本国に居住している者」に該当するかどうかであるので、以下この点について検討する。

二  右規定にいう「引き続き日本国に居住している」とは、在留資格の有無や外国人登録をしているかどうかは問わないが、時間的に中断なく継続して居住していることを意味し、たんに実質的な生活の本拠が日本にあればよいというような広い意味に解すべきではない。したがつて、日本に居住する韓国人が出入国管理令二六条に定める再入国許可を受けて一時出国した場合はともかく、右再入国許可を受けずに出入国した場合には、たとえ当該出入国自体が適法に行なわれ、かつ、出国から入国までの期間が短期であつたとしても、その出国期間中は日本に居住していなかつたものとして取り扱われることとなり、前記の「引き続き居住している」という要件を欠くものとされるのである。

もつとも、わが国の入国管理行政上、在日韓国人の特殊な地位を考慮して、当該韓国人がわが国の有効な船員手帳を所持し、乗船する船舶について雇入契約の公認を受け、かつ、雇用契約によりその船舶の運航業務に従事する場合には、同一航海、同一日本船で往復するときにかぎり、出入国管理令に定める外国人の出入国として取り扱わない旨の特例措置が行なわれていることは当事者間に争いがなく、右特例措置は、協定永住許可の申請をした韓国人が前記の要件を具備しているかどうかを審査するについてもその適用があるものと解される。そこで、原告についてみると、原告が昭和三七年九月一二日畠中国男所有の船舶に乗船して佐賀県唐津港から出国し、韓国馬山港に赴いた後、昭和三八年三月一二日長崎県厳原港に入港したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一号証、原本の存在および成立に争いのない同第二号証の一ないし三、第七号証および証人畠中国男の証言に弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、昭和三七年九月三日畠中国男の所有する日本船「栄進丸」(総トン数一一・二〇トン)の甲板員として雇入契約の公認を受けたのにかかわらず、同船に乗船することなく、右畠中が「大周丸」(総トン数一三・四五トン)という雇入契約の公認を受けていない船舶を他から買い入れこれをほしいままに栄進丸と改めたものであることの情を知りながら、再入国の許可を受けずにあえて右「大周丸」乗船して前記のとおり出国したものであることが認められ、成立に争いのない乙第五号証の二および原告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は措信できない。原告は、乗船する船舶が「栄進丸」でないことを知つていたとしても、その乗船を拒否できない事情があつたと主張するけれども、右主張事実を認めるに足りる証拠はない。してみると、原告が前記特例措置の適用を受けうる資格を有しないことは明らかである。

以上によれば、原告は、昭和三七年九月一二日から昭和三八年三月一二日までの間日本を出国していたことにより、前記特別法一条および協定一条1(a)に規定する永住許可の資格要件を欠くにいたつたものといわざるをえない。

三  よつて、本件不許可処分は相当であり、原告の本訴請求は理由がないから、右請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高津環 内藤正久 佐藤繁)

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